Rust 1.45を早めに深掘り

こんにちは、R&Dチームの齋藤(@aznhe21)です。 つい先日、初めてのiOSアプリを業務でリリースしました。 ちなみに私はiPhoneもMacも持ってません。どうしてこうなった

さて、本日、日本時間7/17(金)、Rust 1.45がリリースされました。 この記事ではRust 1.45での変更点を詳しく紹介します。 なお、この記事は公式リリースノートをベースに、意訳・編集・追記をしています。

7/17は「もはや戦後ではない」で有名な経済白書が発表された日 7/17は「もはや戦後ではない」で有名な経済白書が発表された日

ピックアップ

個人的に注目する変更点を「ピックアップ」としてまとめました。 全ての変更点を網羅したリストは変更点リストをご覧ください。

手続きマクロが大半の場所で使えるようになった

これまで、手続きマクロ(macro_rules!で定義するのではなくプログラムとしてパース・変換できるマクロ)を関数の形で使うことが出来ませんでした。 Rust 1.45からはmacro_rules!と同じく様々な場所で使えるようになり、メタプログラミングがより高度化できるようになるのです。

// コマンドを実行して文字列として返すマクロのイメージ
// 手続きマクロはプログラムとして実行されるので割と何でも出来る
const BUILD_ENV = system!("cat /etc/redhat-release");

この機能を使った代表的なクレートとしてRocket *1があります。 このクレートは登場してから3年半もの間多くのNightly限定の機能に依存していましたが、 今回の機能安定化によってNightly限定の機能への依存が無くなり、ようやく安定Rustでも使えるようになります*2

ちなみに、これまでもproc-macro-hackというクレートを使えば(擬似的に)手続きマクロを式として使えたのですが、 これは擬似的な実現である都合上recursion_limitの制限に引っ掛かります。 例えばfutures::select!マクロは内部的には手続きマクロとして実装されていますが、recursion_limitの制限を受けます。 Rust 1.45以降ならproc-macro-hackを外すことでこの制限から外れることが出来ます。 ただし、この機能を使うためにはRust 1.44以下を切り捨てる必要があり、 そしてfuturesにはサポートするRustの最低バージョン(MSRV)のポリシーが無いため、 futures::select!recursion_limitから解放される時期は不明のようです。

rustdocへの細かな改善

cargo docなどで生成されるrustdocが少し改善されました。

  1. #[deprecated]の付いたアイテムには、従来のメッセージに加えて絵文字👎が付くようになった
  2. ~~打ち消し線~~が使えるようになった

rust-analyzerの紹介

Rust 1.45とは直接関係ありませんが、目覚ましい進化を遂げているrust-analyzerの最近の変更点を紹介します。 決してネタ切れではありません。

知らない方向けに説明すると、rust-analyzerはRust向けのLanguage Serverで、VSCodeや(Neo)vim、Emacsなど多くのエディタで共通して使えるIDE基盤です。 以前からあるrlsとは異なり、rustcとコードを共通化・ライブラリ化して再利用性を高めることで、より良いIDEの開発を可能にしている他、 補完だけでなく識別子のrenameやimplを追加するコマンドなど、IDEに必要な機能が多く実装されています。

rustupでインストール出来るようになった

Nightlyではrustup component add --toolchain nightly rust-analyzer-previewとすることでrust-analyzerをインストール出来るようになりました。 ただし、現時点ではまだGitHubからインストールすることを推奨しているようです。

Cargo.tomlを自動でリロードするようになった

コードを書いている際に、クレートが不足していることに気付いてCargo.tomlを編集することはよくありますが、 そうすると、エディタを再起動するかrust-analyzerを再起動するまでその変更を適用することはできませんでした。

最近の更新で、Cargo.tomlに変更がある場合は自動でリロードすることが出来るようになりました。 ブログのgifを見ると、即座に変更が適用されていることが分かります。

なお、これを無効にするにはrust-analyzer.cargo.autoreloadfalseに設定します。 VSCodeであれば、自動リロードを無効にしてもステータスバーの項目をクリックすることで手動でリロード出来ます。 それ以外のエディタでも、rust-analyzer.reloadWorkspaceコマンドを実行することで手動でリロード出来ます。

変更点リスト

言語

コンパイラ

※RustのTierによるプラットフォームサポートの詳細はプラットフォームサポートのページを参照 ※訳注:英語ページ

ライブラリ

コードポイントのイテレートはこのように書ける。

fn main() {
  for ch in 'a'..='z' {
      print!("{}", ch);
  }
  println!();
  // "abcdefghijklmnopqrstuvwxyz"が出力される
}

安定化されたAPI

Arc::as_ptr

impl<T: ?Sized> Arc<T> {
  #[stable(feature = "weak_into_raw", since = "1.45.0")]
  pub fn as_ptr(this: &Arc<T>) -> *const T
}

データへの生ポインタを提供する。

Arcは消費されず、参照カウントにも影響はない。このポインタはArcの強参照がある限り有効である。

BTreeMap::remove_entry

impl<K: Ord, V> BTreeMap<K, V> {
  #[stable(feature = "btreemap_remove_entry", since = "1.45.0")]
  pub fn remove_entry<Q>(&mut self, key: &Q) -> Option<(K, V)> where
      K: Borrow<Q>,
      Q: Ord + ?Sized, 
}

BTreeMapにキーが存在するならそのキーを削除し、保持されていたキーと値を返す。

キーはBTreeMapのキー型のどんな借用形式でも良いが、借用された値の順序はキー型の順序と一致している必要がある。

Rc::as_ptr

impl<T: ?Sized> Rc<T> {
  #[stable(feature = "weak_into_raw", since = "1.45.0")]
  pub fn as_ptr(this: &Rc<T>) -> *const T
}

データへの生ポインタを提供する。

Rcは消費されず、参照カウントにも影響はない。このポインタはRcの強参照がある限り有効である。

rc::Weak::as_ptr

impl<T> Weak<T> {
  #[stable(feature = "weak_into_raw", since = "1.45.0")]
  pub fn as_ptr(&self) -> *const T
}

Weak<T>が指すオブジェクトTへの生ポインタを返す。

ポインタは強参照が存在している限り有効である。ポインタはダングリングしているかもしれないし、アラインされていないかもしれないし、あるいはnullであるかもしれない。

rc::Weak::from_raw

impl<T> Weak<T> {
  #[stable(feature = "weak_into_raw", since = "1.45.0")]
  pub unsafe fn from_raw(ptr: *const T) -> Weak<T>
}

into_rawで生成された生ポインタをWeak<T>に変換して戻す。

(あとでupgradeを呼び出して)強参照を得たり、Weak<T>をドロップすることで弱参照を減らしたりすることに使える。

このメソッドは弱参照の中から1つ所有権を奪う(ただし、弱参照を持たないnewで作られたポインタを除く)。

安全性

このポインタはinto_raw由来である必要があり、また潜在的に弱参照が生存している必要もある。

メソッドを呼び出す段階の強参照カウントは0でも良いが、弱参照カウントは非ゼロ、 またはダングリングした(newで生成された)Weak<T>由来である必要がある。

rc::Weak::into_raw

impl<T> Weak<T> {
  #[stable(feature = "weak_into_raw", since = "1.45.0")]
  pub fn into_raw(self) -> *const T
}

Weak<T>を消費し、生ポインタに変換する。

このメソッドは弱参照をポインタに変換するが、元々の参照カウントは保持する。 そして、from_rawによってWeak<T>に戻すことが出来る。

対象のポインタにアクセスする際、as_ptrと同じ制約を受ける。

str::strip_prefix

#[lang = "str"]
#[cfg(not(test))]
impl str {
  #[must_use = "this returns the remaining substring as a new slice, \
                without modifying the original"]
  #[stable(feature = "str_strip", since = "1.45.0")]
  pub fn strip_prefix<'a, P>(&'a self, prefix: P) -> Option<&'a str> where
      P: Pattern<'a>, 
}

接頭辞が削除された文字列のスライスを返す。

文字列がパターンprefixで始まる場合、接頭辞が削除された部分文字列をSomeで包んで返す。 trim_start_matchesとは異なり、一番最初に一致した部分だけが削除される。

もし文字列がprefixで始まらない場合、Noneを返す。

パターンには&strchar、またはcharのスライス、あるいは文字がマッチするかを判断する関数またはクロージャを指定できる。

str::strip_suffix

#[lang = "str"]
#[cfg(not(test))]
impl str {
  #[must_use = "this returns the remaining substring as a new slice, \
                without modifying the original"]
  #[stable(feature = "str_strip", since = "1.45.0")]
  pub fn strip_suffix<'a, P>(&'a self, suffix: P) -> Option<&'a str> where
      P: Pattern<'a>,
      <P as Pattern<'a>>::Searcher: ReverseSearcher<'a>, 
}

接尾辞が削除された文字列のスライスを返す。

文字列がパターンsuffixで終わる場合、接尾辞が削除された部分文字列をSomeで包んで返す。 trim_end_matchesとは異なり、一番最後に一致した部分だけが削除される。

もし文字列がsuffixで終わらない場合、Noneを返す。

パターンには&strchar、またはcharのスライス、あるいは文字がマッチするかを判断する関数またはクロージャを指定できる。

sync::Weak::as_ptr

impl<T> Weak<T> {
  #[stable(feature = "weak_into_raw", since = "1.45.0")]
  pub fn as_ptr(&self) -> *const T
}

Weak<T>が指すオブジェクトTへの生ポインタを返す。

ポインタは強参照が存在している限り有効である。ポインタはダングリングしているかもしれないし、アラインされていないかもしれないし、あるいはnullであるかもしれない。

sync::Weak::from_raw

impl<T> Weak<T> {
  #[stable(feature = "weak_into_raw", since = "1.45.0")]
  pub unsafe fn from_raw(ptr: *const T) -> Weak<T>
}

into_rawで生成された生ポインタをWeak<T>に変換して戻す。

(あとでupgradeを呼び出して)強参照を得たり、Weak<T>をドロップすることで弱参照を減らしたりすることに使える。

このメソッドは弱参照の中から1つ所有権を奪う(ただし、弱参照を持たないnewで作られたポインタを除く)。

安全性

このポインタはinto_raw由来である必要があり、また潜在的に弱参照が生存している必要もある。

メソッドを呼び出す段階の強参照カウントは0でも良いが、弱参照カウントは非ゼロ、 またはダングリングした(newで生成された)Weak<T>由来である必要がある。

sync::Weak::into_raw

impl<T> Weak<T> {
  #[stable(feature = "weak_into_raw", since = "1.45.0")]
  pub fn into_raw(self) -> *const T
}

Weak<T>を消費し、生ポインタに変換する。

このメソッドは弱参照をポインタに変換するが、元々の参照カウントは保持する。 そして、from_rawによってWeak<T>に戻すことが出来る。

対象のポインタにアクセスする際、as_ptrと同じ制約を受ける。

char::UNICODE_VERSION

#[stable(feature = "unicode_version", since = "1.45.0")]
pub const UNICODE_VERSION: (u8, u8, u8);

charstrの中でUnicodeに関連するメソッドが基づいているUnicodeのバージョン。

Unicodeは定期的に新バージョンがリリースされ、それに伴い標準ライブラリのメソッドも更新される。 従って、charstrのメソッドの振る舞いやUNICODE_VERSION定数の値も定期的に更新される。 また、このような変更は破壊的変更とは見做されない。

バージョン番号の体型は Unicode 11.0 or later, Section 3.1 Versions of the Unicode Standard で説明されている。

Span::resolved_at

impl Span {
  #[stable(feature = "proc_macro_span_resolved_at", since = "1.45.0")]
  pub fn resolved_at(&self, other: Span) -> Span
}

selfと同じ行・列の情報で新しいスパンを生成する。ただし、シンボルとしてはotherで解決されたと見做される。

Span::located_at

impl Span {
  #[stable(feature = "proc_macro_span_located_at", since = "1.45.0")]
  pub fn located_at(&self, other: Span) -> Span
}

selfと同じ名前で解決されたと見做される新しいスパンを生成する。ただし、行・列の情報はotherから引き継がれる。

Span::mixed_site

impl Span {
  #[stable(feature = "proc_macro_mixed_site", since = "1.45.0")]
  pub fn mixed_site() -> Span
}

macro_rulesと同じ衛生性を表すスパンで、マクロの定義場所(ローカル変数やラベル、あるいは$crate)で解決されることもあれば、 マクロの呼び出し場所(その他すべて)で解決されることもある。 スパンの位置は呼び出し場所が元となる。

unix::process::CommandExt::arg0

#[stable(feature = "rust1", since = "1.0.0")]
pub trait CommandExt {
  #[stable(feature = "process_set_argv0", since = "1.45.0")]
  fn arg0<S>(&mut self, arg: S) -> &mut Command where
      S: AsRef<OsStr>, 
}

実行ファイルの引数を設定する。

最初のプロセス引数であるargv[0]を、デフォルトの実行ファイルのパス以外に設定する。

その他

互換性メモ

内部の変更

関連リンク

さいごに

次のRust 1.46は2020/8/28(金)に予定されています。 今度こそ定数関数内でif/matchやループが使えるようになりそうな他、 #[track_caller]によってパニック時のログに不要な関数が出ないように出来るようになりそうです。

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ライセンス表記

  • この記事はApache 2/MITのデュアルライセンスで公開されている公式リリースノートを翻訳・追記をしています
  • 冒頭の画像中にはRust公式サイトで配布されているロゴを使用しており、 このロゴはMozillaによってCC-BYの下で配布されています
  • 冒頭の画像はいらすとやさんの画像を使っています。いつもありがとうございます

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   boilerplate notice, with the fields enclosed by brackets "[]"
   replaced with your own identifying information. (Don't include
   the brackets!)  The text should be enclosed in the appropriate
   comment syntax for the file format. We also recommend that a
   file or class name and description of purpose be included on the
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WITHOUT WARRANTIES OR CONDITIONS OF ANY KIND, either express or implied.
See the License for the specific language governing permissions and
limitations under the License.

*1:Rust公式サイトにも使われているWebフレームワーク

*2:Rocket 0.5待ちです