こんにちは、R&Dチームの齋藤(@aznhe21)です。 ワクチンも効いたからと飲みに行ったら酒に飲まれてしまいました。
さて、本日10/22(金)にRust 1.56がリリースされました。 この記事ではRust 1.56での変更点を詳しく紹介します。
- ピックアップ
- 安定化されたAPIのドキュメント
- std::os::unix::fs::chroot
- core::cell::UnsafeCell::raw_get
- std::io::BufWriter::into_parts
- alloc::vec::Vec::shrink_to
- alloc::string::String::shrink_to
- std::ffi::OsString::shrink_to
- std::path::PathBuf::shrink_to
- alloc::collections::BinaryHeap::shrink_to
- alloc::collections::VecDeque::shrink_to
- alloc::collections::HashMap::shrink_to
- alloc::collections::HashSet::shrink_to
- 変更点リスト
- 関連リンク
- さいごに
- ライセンス表記
ピックアップ
個人的に注目する変更点を「ピックアップ」としてまとめました。 全ての変更点を網羅したリストは変更点リストをご覧ください。
Rust 2021エディションが安定化
Rust 2021が安定化されました。cargo fix --edition
を実行し、Cargo.tomlにedition = "2021"
と記述することで使えるようになります。
配列を直接イテレーターとして回せるようになったり、
TryFrom
/ TryInto
などをuse
せずに使えるようになったり、
クロージャで構造体をキャプチャすろ時にフィールド別にキャプチャ出来るようになったりと、
細かいながらも互換性の観点から変更出来なかったものが多いようです。
Rust 2021の変更点はこちらの記事にまとまっていますので、併せてご参照ください。
クレートがサポートする最小のRustバージョンを明示出来るように
これまでのCargoではクレートがサポートする最小のRustバージョンを明示することが出来ず、 Rustが古いままクレートを更新するとよく分からないエラーが出ることがありました。 GitHubを見に行くと実はREADMEにその記述があったりすることも良くあります。
Rust 1.56からはCargo.tomlにrust-version
を指定することで、クレートがサポートする最小のRustバージョンを明示出来るようになり、
このような分かりにくいエラーを抑制したり、クレートとしてのポリシーを明確化することが出来ます。
例えばCargo.tomlに以下のように記述されている場合、このsugoi-crate
はRust 1.0以上をサポートしているということです。
[package] name = "sugoi-crate" version = "1.0.0" rust-version = "1.0"
安定化されたAPIのドキュメント
安定化されたAPIのドキュメントを独自に訳して紹介します。リストだけ見たい方は安定化されたAPIをご覧ください。
std::os::unix::fs::chroot
#[stable(feature = "unix_chroot", since = "1.56.0")] #[cfg(not(any(target_os = "fuchsia", target_os = "vxworks")))] pub fn chroot<P: AsRef<Path>>(dir: P) -> io::Result<()> { /* 実装は省略 */ }
FuchsiaとVxWorksを除くUNIX系OSでのみサポートされる。
現在のプロセスのルートディレクトリを指定されたパスに変更する。
これには概してrootや特定のケーパビリティといった特権を必要とする。
これは作業ディレクトリを変更しないので、後でstd::env::set_current_dir
を呼び出すべきである。
サンプル
use std::os::unix::fs; fn main() -> std::io::Result<()> { fs::chroot("/sandbox")?; std::env::set_current_dir("/")?; // sandboxで作業を続ける Ok(()) }
core::cell::UnsafeCell::raw_get
impl<T: ?Sized> UnsafeCell<T> { #[inline(always)] #[stable(feature = "unsafe_cell_raw_get", since = "1.56.0")] pub const fn raw_get(this: *const Self) -> *mut T { /* 実装は省略 */ } }
内包する値への可変ポインタを取得する。
get
との違いは生ポインタを受け付ける点であり、一時的な参照の生成を抑えることが出来る。
戻り値はどんな種類のポインタにもキャスト出来る。
&mut T
にキャストする際はそのアクセスが一意である(可変か否かに関わらず有効な参照が無い)ことを、
また&T
にキャストする際は変異や可変のエイリアスが発生し得ないことを確認すること。
サンプル
UnsafeCell
の段階的な初期化には、get
では未初期化データへの参照が発生するのでraw_get
が必要。
use std::cell::UnsafeCell; use std::mem::MaybeUninit; let m = MaybeUninit::<UnsafeCell<i32>>::uninit(); unsafe { UnsafeCell::raw_get(m.as_ptr()).write(5); } let uc = unsafe { m.assume_init() }; assert_eq!(uc.into_inner(), 5);
std::io::BufWriter::into_parts
impl<W: Write> BufWriter<W> { #[stable(feature = "bufwriter_into_parts", since = "1.56.0")] pub fn into_parts(mut self) -> (W, Result<Vec<u8>, WriterPanicked>) { /* 実装は省略 */ } }
このBufWriter<W>
を分解し、内包するwriterとバッファされたが未書き込みのデータを返す。
内包するwriterがパニックしていた場合、データのどの部分が書き込まれたのかは不明である。
この場合、(依然として回復可能な)バッファされたデータを含むWriterPanicked
を返す。
into_parts
はデータを出力(フラッシュ)せず、失敗することも無い。
サンプル
use std::io::{BufWriter, Write}; let mut buffer = [0u8; 15]; let mut stream = BufWriter::new(buffer.as_mut()); write!(stream, "大きすぎるデータ").unwrap(); stream.flush().expect_err("書き込めない"); let (recovered_writer, buffered_data) = stream.into_parts(); assert_eq!(recovered_writer.len(), 0); assert_eq!(&buffered_data.unwrap(), "データ".as_bytes());
alloc::vec::Vec::shrink_to
impl<T, A: Allocator> Vec<T, A> { #[cfg(not(no_global_oom_handling))] #[stable(feature = "shrink_to", since = "1.56.0")] pub fn shrink_to(&mut self, min_capacity: usize) { /* 実装は省略 */ } }
ベクタの容量を下限値まで縮小する。
指定された値と現在の長さでより大きい方の分の容量は維持される。
現在の容量が下限値よりも小さい場合は無操作である。
サンプル
let mut vec = Vec::with_capacity(10); vec.extend([1, 2, 3]); assert_eq!(vec.capacity(), 10); vec.shrink_to(4); assert!(vec.capacity() >= 4); vec.shrink_to(0); assert!(vec.capacity() >= 3);
alloc::string::String::shrink_to
impl String { #[cfg(not(no_global_oom_handling))] #[inline] #[stable(feature = "shrink_to", since = "1.56.0")] pub fn shrink_to(&mut self, min_capacity: usize) { /* 実装は省略 */ } }
String
の容量を下限値まで縮小する。
指定された値と現在の長さでより大きい方の分の容量は維持される。
現在の容量が下限値よりも小さい場合は無操作である。
サンプル
let mut s = String::from("foo"); s.reserve(100); assert!(s.capacity() >= 100); s.shrink_to(10); assert!(s.capacity() >= 10); s.shrink_to(0); assert!(s.capacity() >= 3);
std::ffi::OsString::shrink_to
impl OsString { #[inline] #[stable(feature = "shrink_to", since = "1.56.0")] pub fn shrink_to(&mut self, min_capacity: usize) { /* 実装は省略 */ } }
OsString
の容量を下限値まで縮小する。
指定された値と現在の長さでより大きい方の分の容量は維持される。
現在の容量が下限値よりも小さい場合は無操作である。
サンプル
use std::ffi::OsString; let mut s = OsString::from("foo"); s.reserve(100); assert!(s.capacity() >= 100); s.shrink_to(10); assert!(s.capacity() >= 10); s.shrink_to(0); assert!(s.capacity() >= 3);
std::path::PathBuf::shrink_to
impl PathBuf { #[stable(feature = "shrink_to", since = "1.56.0")] #[inline] pub fn shrink_to(&mut self, min_capacity: usize) { /* 実装は省略 */ } }
alloc::collections::BinaryHeap::shrink_to
impl<T> BinaryHeap<T> { #[inline] #[stable(feature = "shrink_to", since = "1.56.0")] pub fn shrink_to(&mut self, min_capacity: usize) { /* 実装は省略 */ } }
容量を下限値まで破棄する。
指定された値と現在の長さでより大きい方の分の容量は維持される。
現在の容量が下限値よりも小さい場合は無操作である。
サンプル
use std::collections::BinaryHeap; let mut heap: BinaryHeap<i32> = BinaryHeap::with_capacity(100); assert!(heap.capacity() >= 100); heap.shrink_to(10); assert!(heap.capacity() >= 10);
alloc::collections::VecDeque::shrink_to
impl<T, A: Allocator> VecDeque<T, A> { #[stable(feature = "shrink_to", since = "1.56.0")] pub fn shrink_to(&mut self, min_capacity: usize) { /* 実装は省略 */ } }
VecDeque
の容量を下限値まで縮小する。
指定された値と現在の長さでより大きい方の分の容量は維持される。
現在の容量が下限値よりも小さい場合は無操作である。
サンプル
use std::collections::VecDeque; let mut buf = VecDeque::with_capacity(15); buf.extend(0..4); assert_eq!(buf.capacity(), 15); buf.shrink_to(6); assert!(buf.capacity() >= 6); buf.shrink_to(0); assert!(buf.capacity() >= 4);
alloc::collections::HashMap::shrink_to
impl<K, V, S> HashMap<K, V, S> where K: Eq + Hash, S: BuildHasher, { #[inline] #[stable(feature = "shrink_to", since = "1.56.0")] pub fn shrink_to(&mut self, min_capacity: usize) { /* 実装は省略 */ } }
連想配列の容量を下限値まで縮小する。 内部的なルールを維持しつつリサイズ方針のポリシーに従って多少のスペースを残す可能性がある一方で、 容量が下限値よりも小さくなることはない。
現在の容量が下限値よりも小さい場合は無操作である。
サンプル
use std::collections::HashMap; let mut map: HashMap<i32, i32> = HashMap::with_capacity(100); map.insert(1, 2); map.insert(3, 4); assert!(map.capacity() >= 100); map.shrink_to(10); assert!(map.capacity() >= 10); map.shrink_to(0); assert!(map.capacity() >= 2);
alloc::collections::HashSet::shrink_to
impl<T, S> HashSet<T, S> where T: Eq + Hash, S: BuildHasher, { #[inline] #[stable(feature = "shrink_to", since = "1.56.0")] pub fn shrink_to(&mut self, min_capacity: usize) { /* 実装は省略 */ } }
集合の容量を下限値まで縮小する。 内部的なルールを維持しつつリサイズ方針のポリシーに従って多少のスペースを残す可能性がある一方で、 容量が下限値よりも小さくなることはない。
現在の容量が下限値よりも小さい場合は無操作である。
サンプル
use std::collections::HashSet; let mut set = HashSet::with_capacity(100); set.insert(1); set.insert(2); assert!(set.capacity() >= 100); set.shrink_to(10); assert!(set.capacity() >= 10); set.shrink_to(0); assert!(set.capacity() >= 2);
変更点リスト
公式リリースノートをベースに意訳・編集・追記をした変更点リストです。
言語
- Rust 2021エディションが安定化された。 詳細はthe edition guide(※英語)を参照
- パターンで
binding @ pattern
のように記述したとき、新しい束縛を導入出来るようになった - 定数関数内での共用体(union)のフィールドへのアクセスが許可されるようになった
コンパイラ
- LLVM 13に更新した
- aarch64-unknown-freebsdにおいて、メモリやアドレス、及びスレッドのサニタイザがサポートされた
- 全てのiOSターゲットにおいて、デプロイ対象のバージョンを指定出来るようになった
- 警告の出力を
--force-warn
で強制出来るようになった。 これは主にはユーザーではなくcargo fix
で使われるものである - ターゲット
aarch64-apple-ios-sim
をティア2※に引き上げた - ターゲット
powerpc-unknown-freebsd
をティア3※に追加した - ターゲット
riscv32imc-esp-espidf
をティア3※に追加した
※Rustのティア付けされたプラットフォームサポートの詳細はPlatform Supportのページ(英語)を参照
ライブラリ
- Windowsにおいて、標準出力・標準エラーに対して不完全なUTF-8の並びを書き込むことが許されるようになった。 Windowsのコンソールは依然として正当なUnicodeを要求するものの、これによってUTF-8文字列を複数の書き込みに分割出来るようになった。 これにより、例えばUnicodeや文字の境界を考慮せずにデータを単に読み書きするだけのプログラム(例:ファイルを標準出力にコピーする)も作れるようになった
Instant
の逆戻り防止機構には、Mutex
の代わりに出来るだけAtomicU{64,128}
を使うようになった。 このユースケースでは、競合が発生する場合は原子操作の方がより大規模化出来る(Extend<A>, Extend<B>)
がExtend<(A, B)>
を実装するようになったstd::io::Sink
とstd::io::Empty
が、Default
とCopy
、Clone
を実装するようになった- 全ての連想配列型が
From<[(K, V); N]>
を、配列やセット型がFrom<[T; N]>
を実装するようになった impl Future for Pin
において、P: Unpin
境界を取り除いた- 不正な環境変数名は存在しないものとして扱われるようになった。
以前は、変数名にヌル文字や等号(
=
)が含まれる場合はパニックが発生していた。 OSはそのような変数名の存在を示せないため、これらの関数はそれらを存在しないものとして扱うようになった
安定化されたAPI
※各APIのドキュメントを独自に訳した安定化されたAPIのドキュメントもご参照ください。
std::os::unix::fs::chroot
UnsafeCell::raw_get
BufWriter::into_parts
core::panic::{UnwindSafe, RefUnwindSafe, AssertUnwindSafe}
これらのAPIは
std
で安定化されていたが、core
で安定化された。String::shrink_to
OsString::shrink_to
PathBuf::shrink_to
BinaryHeap::shrink_to
VecDeque::shrink_to
HashMap::shrink_to
HashSet::shrink_to
以下のAPIが定数文脈でも使えるようになった。
Cargo
- Cargo.tomlにおいて、サポートする最小のRustバージョンを指定出来るようになった。 今のところ、これが依存関係のバージョン選択に影響することは無い。 各クレートはサポートする最小のRustバージョンを指定することが推奨され、 またCIではテストマトリクスにクレートが指定する最小バージョンをデフォルトで含めることも推奨される ※訳注:要はCIではサポートする最小のRustバージョンもテストするように、ということ
互換性メモ
- Windowsにおいて、引数の解釈ルールを更新した。 これにより、Rustの標準ライブラリの動作がC/C++の標準ライブラリの動作に合うようになった。 このルールは時と共に変更されており、今回のPRで(2008年に変更された)最新のルールに沿うようになった
- aarch64において、AAPCSの呼び出し規約が禁じられた。 LLVMでは既にサポートされていなかったものの、これによりより良いエラーメッセージでサポートの有無が表面化されるようになった
- 警告
SEMICOLON_IN_EXPRESSIONS_FROM_MACROS
をデフォルトで出力するようになった - 行末のエスケープで複数の行がスキップされる場合に警告が出るようになった
- glibcが2.24以下の時、
Command::pre_exec
の中でlibc::getpid
やstd::process::id
を呼び出すと異なる値を返すかもしれない。 Rust 1.56から、使用可能な場合にはシステムコールclone3
を直接呼び出すことでそのシステムコールで利用可能な新しい機能を使うようになった。 ただglibcの古いバージョンではgetpid
の結果はキャッシュされ、かつこのキャッシュはglibcのclone
/fork
関数が呼び出された場合のみ更新されるため、 システムコールを直接呼び出す場合はキャッシュが更新されなくなってしまう。 glibc 2.25以上はgetpid
の値をキャッシュしなくなり、これに対処している
内部の変更
これらの変更は直接ユーザーの利益に繋がるものではないが、rustc
及び関連ツールにおける内部の改善や全体的なパフォーマンスの改善をもたらす。
- x86_64-unknown-linux-gnuターゲットの成果物として公開されるLLVMがPGOを有効にしてコンパイルされるようになった。 大抵のRustビルド(※訳注:コンパイラそのもの)のパフォーマンスが改善される
- 内部のデータ構造でマクロの表現を統一した。 この変更により、コンパイラやrustdocでのマクロの取り扱いに関する多数のバグが修正される
関連リンク
さいごに
次のRust 1.57は2021/12/3(金)に予定されています。 定数文脈でもパニックを起こせるようになったりするようです。
オプティムでは影響を与えるエンジニアを募集しています。
ライセンス表記
- この記事はApache 2/MITのデュアルライセンスで公開されている公式リリースノート及びドキュメントから翻訳・追記をしています
- 冒頭の画像中にはRust公式サイトで配布されているロゴを使用しており、 このロゴはMozillaまたはRust財団によってCC-BYの下で配布されています
- 冒頭の画像はいらすとやさんの画像を使っています。いつもありがとうございます
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Permission is hereby granted, free of charge, to any person obtaining a copy of this software and associated documentation files (the "Software"), to deal in the Software without restriction, including without limitation the rights to use, copy, modify, merge, publish, distribute, sublicense, and/or sell copies of the Software, and to permit persons to whom the Software is furnished to do so, subject to the following conditions: The above copyright notice and this permission notice shall be included in all copies or substantial portions of the Software. THE SOFTWARE IS PROVIDED "AS IS", WITHOUT WARRANTY OF ANY KIND, EXPRESS OR IMPLIED, INCLUDING BUT NOT LIMITED TO THE WARRANTIES OF MERCHANTABILITY, FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE AND NONINFRINGEMENT. IN NO EVENT SHALL THE AUTHORS OR COPYRIGHT HOLDERS BE LIABLE FOR ANY CLAIM, DAMAGES OR OTHER LIABILITY, WHETHER IN AN ACTION OF CONTRACT, TORT OR OTHERWISE, ARISING FROM, OUT OF OR IN CONNECTION WITH THE SOFTWARE OR THE USE OR OTHER DEALINGS IN THE SOFTWARE.
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